ミチコ堂のブログです


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カテゴリ:癌と戦った夫へ( 53 )

帽子

エスカルゴの帽子というものを編んでみました。
やたらと使うカタカナは嫌いなので・・かたつむりの帽子と言ったほうが
しっくり来ます。
並太で10号針。
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編み図はつくばに住む古くからの知人から。
沢山編んで送ってよこせば売ってやるヨ~と。
有難い話しです。

東京にいるころ住んでいたマンションのお隣さんでした。あれから30年以上も経ちますがこうしてお付き合いできることが嬉しいです。
夫のために果物やお線香代を送ってくださって。
毛糸の帽子でお返しをしたいと編みましたがまだまだ上手に出来ません。
もう少し編んで綺麗に完成したら送ろうと思います。


夫が亡くなり2年目。好きだった君子蘭も開花して来ました。
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今は日常の全てが虚しく過ぎて行きます。
生前に夫が云っていた「一人で後片付けが大変だね」という言葉をいつも思っています。その言葉の奥には「大変だけど頼むね」という気持ちがあっただろうと。

それが今は私の務めと信じほんの少しずつ片付けています。
今日は大きな洋服ダンスや衣装ケース、カラーボックスなどを処分しました。
若い時の夫の写真が出てきたりして手が止まることもあります。

猫たちをいつ保護したかという記録も夫が残してくれた大切なもの。
いま通院しているうめちゃんは平成11年と記録されていました。さくらと同じ年齢。
猫たちの記録は夫の命が終わろうとしているのに私に残してくれた最後の贈り物。

夫が亡くなり私がこうして生きていていいのかと日々想うことが多くとても辛いです。
毎朝毎晩お線香をあげるしかできない。
「ただいま」といって帰ってくることはもう無い。

助けてあげることが出来なかった。ただただ申訳なく。
それを伝えることももう出来ません。

病気が見つかる以前まで戻れたらどんなにいいでしょうか。
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by michikodo | 2017-03-29 21:32 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

命日


今日2月20日は夫の2回目の命日でした。
昨日は友人がお線香をあげにお天気の悪いなか来てくれたり今日もお花が沢山届いたりしてとても華やかな命日になりました。

夫を癌から救ってあげられなかったという想いが常に心から離れない日々ですがお線香をあげに来てもらったり花が届いたりすると一瞬でも心が軽くなります。まだ夫は忘れられていないのだという証のような気がします。

兄が頸椎の手術を受けることになったと連絡が入りました。色々支障が出る年代に差し掛かり遠方では駆けつけることも出来ず。
夫の祭壇にお線香をあげ兄の無事を祈りました。

夫も手術でなんとか延命できる状態であったならどんなによかったでしょう。夫が居なくなって2年も経ってしまいました。

夫の分まで長く生きるつもりはありません。二人で出かけた山々にずっとふたりで行くはずだったのに。
どうしてここに居ないのかとまだ信じられずにいます。
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by michikodo | 2017-02-20 19:57 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

限界

時々限界を感じることがあります。
全てのことに。

除雪車がなかなか来なくて駐車場に車を入れるのにうまく行かず頭から強引に入れて駐車。
お向かいのご主人が心配して出て来てくださって有難いなって・・・。
日中気温が上がり屋根から雪が落ちて玄関前のお気に入りのサツキの密植とノウゼンカズラが折れてしまいました。

猫たちも色々仕事を作ってくれるのでホントに休むヒマもありません。
そこにこの大雪。

夫が亡くなる前に「一人で片付けが大変だね・・」と言っていました。その夫のために今は片付けをしています。私が最後をキチンと納めることが夫のためと思って。

私にいつ不慮の事故がおきこの家に帰ることが出来なくなるかも知れません。
朝出勤するときは今日も無事にこの家に戻れますように・・とあたりを見回して出かけます。

命日やお盆が近くなると涙ばかり流れるのは夫がここに来ているからだろうかとか考えます。人は死んでしまえば終わりだと思っている自分なのにそんなことを思うのは都合のいい話しです。

未来に希望はありませんが生きていかねばなりません。
保護した犬や猫たちのために。

人間の都合で捨てられた命と付き合うことで私も救われているということ。
誰にも相談できないこと。相談できる家族がいないこと。どうしようもないことなのにと思います。
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by michikodo | 2017-02-13 20:13 | 癌と戦った夫へ | Comments(2)

麻央さんを見て

歌舞伎役者の海老蔵さんの奥様である小林麻央さんが夕べTVに出ていました。
乳がんが肺や骨にも転移。私はTVの前で正座して見ていました。
痩せた体が痛々しく一時でも大切な時間なのにそこにTVカメラが入っていることに哀れでもあり彼女の気丈な姿に涙が流れました。

神様チャンスをもう一度あの家族にお与えください。

私の夫は肺がんに蝕まれリンパ節への転移から骨や内臓へ次々と転移していきました。肺に溜まった水で呼吸困難になっていった夫。骨に転移してからはさらに痛さとの戦いでした。横になっての体制が苦しいので横になっては眠ることも出来ず。だから座椅子に座った状態で目をつむる日々。

麻央さんの癌が進行性の癌ということが行く末を案じられずにいられません。
夫は亡くなる前日には普通に美味しいとご飯を食べていたのに突然別れがやって来ました。

私には家族がいないので麻央さんに比べれば悲しんでくれる人はずっと少ないのがまだマシなこと。
麻央さんには幼い二人の子供がいます。海老蔵さんもいます。

どうか神様奇跡を起こしてください。

今朝は夫にお線香をあげる時夫の分と麻央さんへの分のお線香をあげ祈りました。

空のどこかからずっと見守っているとか言われますがそんなことはこの世にいないという事実とは比較にならない慰めです。私は毎日夫に灯りをともしお線香をあげ色々報告をします。

今までのことは長い夢だった。そんな奇跡が麻央さんの家族に起きて欲しい。

心からそう思います。
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by michikodo | 2017-01-10 08:42 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

年の瀬

もうすぐ2016年が終わります。
毎朝毎晩お線香をあげて来ました。でも手を合わせるのは嫌いです。
お墓参りをしているようで。だから話しかけるのです。

干し柿も食べごろになったけれど食べさせることが出来ません。
今はハタハタ鮨を漬けるため準備を進めていますがそれも食べさせることが出来ません。

年越しの蕎麦も注文しました。なんでも独り。
下手でも何か作って食べてもらうということが出来なくなった暮らし。
年が明ければ2年も経つことになるんですね。
どんどん時が経っていく。

何かをやっているときはそのことで必死なのにいつも虚しい。
雪の季節になりいつも駐車場の除雪をしていたことを思い出します。
駐車場にはロードヒーティングが入っているので除雪しなくてもいいのに庭の奥から雪を持ってきて駐車場に撒き溶かしていましたね。

去年は節約のためにロードヒーティングは余程大雪にならないとスイッチは入れませんでした。
今年も頑張ってみます。

平成26年の今頃の夫の体は体温調節が出来なくなっていた。
寒くて寒くてね・・・。部屋にいても防寒着を上下着てエアコンとフアンコイルとホットカーペットの全部を付けていましたね。それでも寒い寒いと言って。

手の力も無くなってきていたのにひかりの散歩をしてくれてありがとうございました。
リードをつかんで懐中電灯を持っているとふっとしたときに懐中電灯を落としそうだからと懐中電灯にゴムをつけて腕に通しての散歩。
散歩はしなくてもいいよって言ってたのに「大丈夫。」と。

今年のひかりはとても寒がります。
今日は玄関の中に大きな段ボールを衝立にして囲ってあげましたよ。

ペットボトルのキャップも開けることが出来なくてスパナを使って開けていました。
迷惑をかけないことがあなたのプライドを維持することだというのをわかっていたから私は見ないふりをしていました。
キャップを空けたスパナはまだ引き出しにそのままです。
入院していたときの薬もそのままあります。今日も少し片付けをしましたがもう使わないものでもやっぱり捨てることは出来ません。
箱の外側に明細を書いた紙を貼り少しずつ箱詰めしています。私よりずっと綺麗な文字を書く人でした。

時間がどんどん過ぎていくことが本当に辛いです。
「人は一度は必ず死ぬ」と言っていましたね。でも命が終わるという事がどんなに悔しかったでしょう。
どんな時にも冷静沈着でした。最後まで。
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by michikodo | 2016-12-11 19:13 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

独りで生きること

毎日猫の世話で明け暮れています。
この1年という日々がとてつもなく長かったように思います。

病院の夕食がまずいと言っていたけれどお粥の量を明日はもっと増やしてもらおうかなと言っていたのにその翌日に息を引き取ってしまうなどと思ってもみませんでした。
静脈に痛み止めが入って効いているせいか「楽になった」と言っていたしこのまましばらく行けるかもしれないと思っていたのに。

夏によく食べていた「えご」。最後になってしまった夕食にでたのを私にも食べさせてくれましたね。
あなたの箸でくれた「えご」を食べるのは少し恥ずかしかったけれど。

今私は日々の暮らしに追われてばかりで先のことを考える余裕がありません。
今日のことで一杯。
独りぼっちは辛いものですね。
家族も無く、友もいない。

まだまだ片付けは途中です。私のガラクタを処分しているところです。
涼しくなったのでまた始めます。

何にも要らないですよね。
色々できたことが一人ではやっぱり出来なくなるものです。

どうして助からなかったのか。本当に悔しく私は申訳なく思っています。
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by michikodo | 2016-09-27 22:05 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

2回目のお盆

毎日暑い。
やっと今日雨の音を聞いた。降らなくなって3週間も経ったかも。
仏壇にお盆の飾りを下げて先祖の位牌を仏壇の手前に並べ少しばかりのお菓子をお供えして。

夫のテーブルには仏菓子でなくてお煎餅などにぎやかなお菓子を買った。
位牌はまだ白木のまま。
写真を沢山並べて毎朝話かける日々。
お盆は特別に感じるものがあった。何がどうのとはっきりはしないけれど。

13日の朝、庭の植木に水やりをしていたら「10月桜」の葉っぱの周りを1羽の白い蝶が舞っていた。
普段なら何も気にも止めないのに不思議な気分になった。
「来たのですか?」

そんな感じ・・・。

夫が桜の花が大好きだったので1年に春と秋の2回咲くという「10月桜」を富山県から取り寄せして植えたけれど1度も見ることもなかった。

お盆に誰かがお線香をあげに来てくれるかも知れないと思っていたけれど誰も来なかった。
夫が元気な時だって来客などほとんどなかったのだからこれが当たり前なのだけれど誰かひとりでもお線香をあげに来てくれたらよかったなぁと思う。

今頃夫はどこにいるのだろうか。
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by michikodo | 2016-08-15 21:34 | 癌と戦った夫へ | Comments(2)

誕生日でしたね

昨日は7月12日。
主人の誕生日でした。そして主人の母親の命日でもあります。

お店で花を買い大好きだったブドウを買って帰りました。
本当はベリーAかキャンベルが好きだったのですがまだ時期ではなくて店頭にありませんでしたから巨峰で我慢です。
花は菊の花はいかにも仏壇の花という感じなので黄色い薔薇と名前の知らない白い花を。

時々どうしようもなく涙が流れてしまいます。
もっとちゃんと世話をしてあげればよかったとか。
いなくなってわかる様々なこと。

私の茹でる枝豆はポリポリ歯ごたえがあって美味しいといってくれたのに畑で作った枝豆をもう食べさせることが出来ません。

「食べ始めると止まらないね」と言ってた声がよみがえります。

誰にもわからない悲しみです。

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by michikodo | 2016-07-13 09:54 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

木蓮の涙

逢いたくて 逢いたくて
いつまでもそばにいるといったじゃない・・とはじまるこの歌。
涙が出るけれどいい歌。

元気でいたなら休みのたびに山へふたりで釣りに行っていたのにね。
森の中にいるだけで「いいね」って言ってたね。

釣り道具も沢山あるけれどもう一人では行く勇気がありません。
でもあの森にまた行ったらなんとなく夫も一緒にいるような気がします。

どうして死んでしまったのか。
どうして手遅れになってしまったのか。
日々医学は進んでいるのに。

いつかドアをあけて「ただいま」と言うような気がして。
悲しいね。
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by michikodo | 2016-06-20 21:36 | 癌と戦った夫へ | Comments(4)

誕生日

今日は私の誕生日でした。
昔から誕生日だからと言ってお祝いなどをするような環境では無く育ったのでこれと言った特別なこともナシ。

昨日は母の誕生日で2日続けての記念日。
朝から猫の世話や犬のひかりの世話で1日が始まり年齢を更新したという感慨にふける時間もなく1日が終わろうとしています。

自分が結婚した年齢も忘れそうです。22歳だったか23歳だったか・・・
若い時は自分の容姿を悲観しきっと結婚など出来ないだろうと思っていたものです。

実家は貧乏だったので上京するにしても新しい布団も買ってもらえずそれまで実家で使っていた布団を布団袋にいれて都会に行ったものでした。
通勤用の洋服も無く先輩が見るに見かねてお古をプレゼントしてくれたり。

化粧品もバッグも親から買ってもらうなどという余裕は全くありませんでしたから月々の給料から少しずつ揃えて。
それでもお盆や正月に帰省すれば親や祖母に小遣いもやりたいし・・・
母親にはいつも少し多めに。

それにくらべ夫は裕福な家庭だったのでしょう。お金に対してケチケチしたところが全く無くまだ独身だったころには誕生日に洗濯機を買ってくれたりデパートでマネキンが着ているワンピースがいいなぁと思えば買ってくれたり。

おおらかな人でした。

夫は「誕生なんて祝うもんじゃない」 などと言って結婚してからも特別誕生会などという名目でご馳走すら食べたこともありませんが独りでその記念すべき日を過ごすのもちょっと寂しいものがありました。

夫がいないことは仕方がないのだと言い聞かせ過ごす日々。1年が経ってもやはり時々辛くなります。
まだまだ家財道具の処分もせねばならず私が元気でいなければと気合をいれて。

昨日はストーブを2台処分しました。着ない洋服もかなり。
「おれが死んだあと家の片付けが大変だね」と言っていた夫。

いつかまた会える時があるなら
「綺麗に片付けて来ました。」と言いたいと思います。
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by michikodo | 2016-05-26 20:34 | 癌と戦った夫へ | Comments(0)

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